Romance

短編小説

悪い男

顔を見た瞬間、「まずい……」と思ったのもつかの間、向こうが気づいたのが早かったらしい。私が後ろを向くよりも先に、「ああ、山村さん……」 と言うあいつの声の方が早かった。 見つかったか……。 でも、常識的な社会人として気まずい顔は一切見せず、...
短編小説

恋は善きもの

僕は何でも知っている。知らないものなんて何もない。リンネの『植物の体系』を絵本にして育った僕の頭の中には、この世界のすべてが詰まっている。 僕のことを、みんなは「天才」とか「神童」なんて言っている。 でも、そんな褒め言葉、言われてもちっとも...
短編小説

砂の城

朝彦伯父に、以前から話があった結婚話がとうとう決まったことを告げると、一瞬右の眉が引きつったように上がったのが見えたくらいで、他はいつもと変わらずつまらなそうな顔をしただけだった。 わたしはそんな伯父の思惑など気にせず、話を続ける。「お父さ...
短編小説

スケッチ・オブ・ラブ

私がアンゲリカと過ごした時間は、彼女の短い人生の最後、たかだか数年程度でしかない。家族でも友人でもなく、ましてモーリスのように生涯を誓い合うほどの絆を持ったわけでもない。私はせいぜい、数多くいた総統の小間使いの一人にすぎなかった。 しかし、...
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