Novel

連載小説【狂おしい棘】

狂おしい棘 第五話

国を挙げての国葬も、過ぎてしまえば何ごともなかったような顔で日常が戻る。新聞やラジオ、テレビが口を揃えて主張するように、「最高指導者が死のうとも、我々が真の共産主義社会を実現するための歩みを止めることはない」のだ。「同志ガリェーチンの遺志に...
短編小説

Nameless Soul

皆こう言う。彼がそんなことをするとは思わなかったって。 彼は、真面目で、物静かで、優しい子だった。とてもあんな酷いことをするような子に見えなかったって、皆口を揃えて言ってる。 でも、真面目とか、優しいなんて、余程のクズでもなけりゃ誰にだって...
短編小説

恋は善きもの

僕は何でも知っている。知らないものなんて何もない。リンネの『植物の体系』を絵本にして育った僕の頭の中には、この世界のすべてが詰まっている。 僕のことを、みんなは「天才」とか「神童」なんて言っている。 でも、そんな褒め言葉、言われてもちっとも...
連載小説【狂おしい棘】

狂おしい棘 第四話

足もとに転がる二つの死体を見下ろす。 それらは、愛する互いを庇い合うように折り重なっていた。それぞれ銃弾で穴を開けられた頭から流れ出した血が、一つの道を作り床を舐めるように這い回っている。「僕たちが一体何をしたっていうんだ?」 男が最後に放...
連載小説【狂おしい棘】

狂おしい棘 第三話

三月九日正午。いつもなら聖堂の鐘が鳴るところだが、今日だけは違った。クレムニクの屋上に据えられた十月革命時に使われた大砲の発射音が響く。その後、当代一のピアニストであるハチャトゥリャネスカによるショパンの葬送行進曲の演奏が始まった。 もの悲...
短編小説

砂の城

朝彦伯父に、以前から話があった結婚話がとうとう決まったことを告げると、一瞬右の眉が引きつったように上がったのが見えたくらいで、他はいつもと変わらずつまらなそうな顔をしただけだった。 わたしはそんな伯父の思惑など気にせず、話を続ける。「お父さ...
連載小説【狂おしい棘】

狂おしい棘 第二話

それは日付が変わり、三月二日になったばかりの時刻だった。 その時、ソヴォク共和国連邦第一副首相であり、政治局員でもあるラヴレンチー・メリアは、自宅にある地下の部屋で、その夜を一緒に過ごした少女相手に思いを遂げた直後だった。 息を弾ませ、事を...
短編小説

マイ・スウィート・ナイトメア

意識が戻ってオレが思ったことは、「これで死んだら、世間は絶対オレのことを指差して笑うんだろうな」 ってことだった。それだけは何とか避けたいな。このまま死ぬなんて、死んでも死にきれないってもんだ。 倒れた時と動悸はそれほど変わらず、息をするの...
連載小説【狂おしい棘】

狂おしい棘 第一話

今でも、あの日のことは夢だったんじゃないかと思うことがある。一切の音がなく、すべてが白だけに塗られた風景。あの場面のどこをとっても、現実にあったこととは思えない。  しかし、彼女は確かにここにいる。私の目の前にいて、テーブルの向こうで、夢中...
連載小説【狂おしい棘】

狂おしい棘 あらすじ

1953年3月、ソヴォク連邦最高指導者ディミトリ・ガリェーチンが急死する。 彼が作り上げた共産主義社会は西側諸国の目には完全な独裁体制であり、その抑圧的な体制と個人崇拝は異様なものとして映っていたが、ガリェーチンは共産主義の象徴として諸国家...
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