Nameless Soul

短編小説
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 皆こう言う。彼がそんなことをするとは思わなかったって。
 彼は、真面目で、物静かで、優しい子だった。とてもあんな酷いことをするような子に見えなかったって、皆口を揃えて言ってる。
 でも、真面目とか、優しいなんて、余程のクズでもなけりゃ誰にだって当てはまる。
 つまり、彼だって私たちと同じ普通の子どもだったってこと。そして、誰だって彼みたいなことをする可能性は大アリなわけ。私だって、もちろんあんたたちだって、彼みたいにどこかのタチの悪いヤツから古いTEC-9を手に入れて、復讐の日を待つことができる。
 でも彼、銃を手に入れた時は本当にそれを使うと思ってたのかな? 
 もしかしたら、いつものように空想のための道具としてこっそり持っておくだけで、実際にそれを使ってすべてを終わらせようなんて考えてなかったかもしれない。 
 だって、彼のパパが持ってた護身用の銃を見ただけで怖がってた彼と、あの日、図書館で逃げ惑う人たちに向けて淡々と銃を撃ち続けていた彼が、同一人物だなんてとても思えないもの。
 小さい時、ちょっとした傷が出来て血が出ると大騒ぎしてた彼が、あの時、人がバタバタ血を流して倒れているのを見ても、ちっとも動揺しなかった。それどころか、苦しそうに呻いている様を見てへらへら嬉しそうに笑ってた。
 あれは私が知ってた彼じゃない。彼はあんな悪人じゃない。
 そう思ってたけど、現実に彼は復讐を決行してしまった。
 いつかこうなるかもしれない。そんな予感はうっすらしてた。もしかしたら、遅かれ早かれその日が来るかもしれないって。
 でもね、それは何十億とかの宝くじが当たるとか、隕石がピンポイントでうちに落っこちてくるくらい、ありえない確率の可能性なだけで、まさか現実に自分の身に降りかかってくるなんて思いもしなかった。
 でも、本当は、彼がそんな大それたことを起こすはずはないって高を括ってただけ。私も、皆と同じように彼のことをみくびってただけのことだった。
 そう考えると、私だけが彼を止められたかもしれないのに、誰よりも追いつめたのは私だったのかもしれない。
 これじゃ、私も彼の標的にされても仕方ない。
 あの時、彼に投げつけられた、
「お前だって、奴らとおんなじようにオレのことを見限ったんだ。オレが何をしようと、お前に偉そうに言われる筋合いはないんだよ!」
 って言葉は、それまでで人に言われて一番、そして死ぬまでずっと辛い絶交の言葉になってる。
 あの日から20年経った。
 その間だって世界は動いてたし、私だってもう17歳の女の子じゃなくなった。それどころか、今は私と同じブラウンの目をした17歳の女の子が目の前にいて、あんたが綺麗って言ってくれた私とそっくりの瞳で、あの時の私たちと同じように世界にムカついてる。
 私の中には、あの日、あんたが私に銃口を向けた瞬間で時間が止まった部分がある。
 でもその後、あんたは私を撃ち損ねた。
 だって、その銃口を自分に向けたから。
 今でも、飛び散ったあんたの血の温かさと一緒に生きてる。
 あの血の熱さを覚えてる限り、私は死なないし、死ねない。
 あんたの怒りも絶望も、どんなに世界が変わったって、消えることはないのだから。

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